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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和38年(モ)159号 判決 1963年9月26日

債権者 中尾松太郎

債務者 吉田六男 外四名

主文

一、当裁判所が、当庁昭和三八年(ヨ)第二三号家屋退去仮処分命令申請事件につき昭和三八年七月三日附を以てなした仮処分命令を取消す。

二、本件仮処分命令申請を却下する。

三、訴訟費用は債権者の負担とする。

四、本判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

債権者の陳述

申請の趣旨の主張

当裁判所が、当庁昭和三八年(ヨ)第二三号家屋退去仮処分命令申請事件につき、昭和三八年七月三日附を以てなした仮処分命令を認可する、との判決を求める旨述べた。

申請の理由の主張

一、債権者は別紙物件目録記載第一の宅地の所有者である。右宅地上には訴外三興木材株式会社(以下訴外会社と略称する)所有の同目録記載第二、第三の家屋(以下本件家屋と略称する)が存在している。

二、債権者は昭和三二年二月五日訴外会社を相手方として当庁に本件家屋の収去、右宅地明渡請求権保全のため係争物に関する仮処分命令の申請をなし、その控訴審たる福岡高等裁判所において、同年五月一四日別紙仮処分判決主文記載の判決が言渡され、右判決は確定したので、債権者は福岡地方裁判所々属執行吏小山常次郎に委任して、同年五月一七日右仮処分判決の執行を行つた。その執行の内容としては、当時本件家屋には、別紙第二図面記載のごとく区分された区画内に債務者佐竹恵寿及び訴外真次敬次外一三名の者がそれぞれ同図面記載のごとき配置を以て占有し衣料品商や飲食店等の営業を行つていたので、右執行吏は訴外会社の本件家屋に対する占有を解いて執行吏の占有保管に移すとゝもに、現状を変更しないことを条件として訴外会社の使用を許し、その旨の公示をなして執行を了したのである。

三、右仮処分執行当時債務者佐竹恵寿は本件家屋中第七号室を占有使用していたが、その後訴外会社は右仮処分に反して同債務者をして勝手に第一号室を占有使用せしめ、他の債務者吉田六男、同遠部清美、同安藤カヨ子、同福沢ヨシ子は、いずれも右仮処分執行後に本件家屋中、別紙物件目録添付第一図面記載のごとく各区画部分を占有使用しているのである。

四、しかして、債権者は右仮処分の本案訴訟たる建物収去土地明渡請求事件につき控訴審たる福岡高等裁判所において昭和三七年二月下旬口頭弁論終結のうえ、同年三月八日債権者勝訴の判決言渡があり、右本案訴訟の判決は昭和三八年三月一日上告棄却により確定したのである。

五、かゝる場合、前記本案の確定判決につき債務者等に対する承継執行文により執行し得るのではないかとも考えられるがその不可能な場合を考慮し、債権者において右本案判決の執行上債務者等に本件家屋より退去を求める必要があり、そのため請求訴訟提起の準備中であるが、債務者等においてさらに占有を第三者に移転するときは、債権者において勝訴判決を受けてもその執行を著しく困難ならしめるばかりでなく、債務者等が前記仮処分の執行に違反して各占有部分の用益をなしているので、執行吏の占有を完全に回復せしめる必要から即時退去断行の仮処分を求めるため本申請に及んだところ、当庁において、昭和三八年七月三日「債務者等はそれぞれ本件家屋から退去すること」との仮処分命令を得たので、その認可を求める。

旨を述べた。

立証<省略>

債務者等の陳述

申請の趣旨の主張に対する答弁

本件仮処分命令を取消す、本件仮処分の申請を却下する、旨の判決を求める旨述べた。

申請の理由の主張に対する答弁

一、本件家屋が訴外会社の所有に属する事実を認める。本件家屋は数戸に区分し、区分された各戸は独立して賃貸借の目的となし得るものである。

二、債権者と訴外会社との間に債権者主張のごとき仮処分判決並びに本案判決がなされ、右各判決がいずれも確定している事実を認める。しかし、右仮処分判決及び本案判決はいずれも債権者と訴外会社間の判決であつて、本件債務者等に効力を及ぼすものではない。

三、右仮処分判決が執行されている事実及び仮処分の執行を公示している事実はいずれも知らなぃ。

四、債務者等が訴外会社より本件家屋中債権者主張の区画部分を賃借してこれを占有し用益している事実を認める。

債務者佐竹恵寿が当初昭和三二年三月より本件家屋中第七号室を賃借して使用していた事実は認めるが、その後昭和三五年中に現在の一号室に移転したものである。

債務者遠部清美は昭和三二年三月より本件家屋中第四号室を占有使用していたが、昭和三四年三月より現在の一〇号室に移転したものである。債務者吉田六男は、本件家屋の建築当時より訴外会社から一三号室を賃借していた訴外高橋基泰より昭和三六年三月に訴外会社の同意を得て賃借権の譲渡を受け爾来九号室を占有使用している。

債務者安藤カヨ子は、本件家屋の建築当時より本件家屋中二一号室を賃借していた訴外徳山ナミ子から昭和三三年六月一五日訴外会社の同意を得て賃借権の譲渡を受け、爾来二一号室を占有使用して現在に至つている。

債務者福沢ヨシ子は、本件家屋建築当時より訴外会社から二二号室を賃借していた訴外伊東トモ子より昭和三六年六月六日訴外会社の同意を得て賃借権の譲渡を受け、爾来右二二号室を占有使用し、現在に至つている。

五、しかして、債務者等の右各賃借権は、債権者と訴外会社間の前記本案訴訟の上告審判決が訴外会社に送達された日より三年間に限り債権者に対抗し得るので、訴外会社の債権者に対する本件家屋の収去義務が確定していても、債権者には右賃借権を対抗し得る期間中は、債務者等に対し賃貸部分の明渡を求め得る実体上の権利はないので、本件家屋の退去の断行を求め得べき被保全権利は勿論、仮処分の必要性もない。

旨述べた。

立証<省略>

理由

一、いずれも文書の方式並びに趣旨により真正に成立した公文書と認め得る甲第三号証同第四号証に弁論の全趣旨を総合すると、別紙物件目録記載の第一の宅地が債権者の所有に属することが疏明される。

二、本件家屋が訴外会社の所有に属していること及び右家屋は数戸に区分されて各区画部分はそれぞれ独立して賃貸借の目的となり得ることは当事者間に争がなく、文書の方式並びに趣旨により真正に成立した公文書と認め得る甲第五号証によれば、本件家屋の区画部分は別紙第一図面記載のごとく二二室に区分されていることが疏明される。

三、債権者が昭和三二年二月五日訴外会社を相手方として当庁に本件家屋の収去、前記宅地明渡請求権保全のため係争物に関する仮処分命令の申請をなした事実は債務者等の明かに争わず、かつ弁論の全趣旨によるもこれを争つたものとは認められないので自白したものと看做す。右仮処分命令申請事件について、福岡高等裁判所において別紙仮処分判決主文記載の判決がなされていることは当事者間に争がなく、前記甲第五号証及び弁論の全趣旨によれば、債権者の執行委任に基き福岡地方裁判所々属執行吏小山常次郎は昭和三二年五月一七日右仮処分判決の執行をなし、本件家屋を執行吏の占有保管に移すとゝもに、本件家屋の宿直室入口柱に、板に右仮処分の趣旨を記載した公示札を釘付けとして、仮処分の執行を公示して執行を了した事実及び債務者遠部清美が右仮処分執行当時本件家屋の第四号室を占有使用していた事実が疏明される。

四、右仮処分の執行当時債務者佐竹恵寿は本件家屋中第七号室を占有使用していた事実、現在においては別紙第一図面記載のごとく、債務者佐竹恵寿は本件家屋中第一号室を、債務者遠部清美は同第一〇号室を、債務者吉田六男は同第九号室を債務者安藤カヨ子は同第二一号室を、債務者福沢ヨシ子は同第二二号室をそれぞれ訴外会社より賃借して占有使用している事実及び債務者等が右各現在の占有部分の占有の始期についてはいずれも前記仮処分の執行後である事実は当事者間に争がなく、右各占有部分の占有の始期について、債務者佐竹恵寿は昭和三五年中、債務者遠部清美は昭和三四年三月中、債務者吉田六男は昭和三六年三月中、債務者安藤カヨ子は昭和三三年六月一五日、債務者福沢ヨシ子は昭和三六年六月六日である事実は債権者において明かに争わないところである。

五、なお、債務者佐竹恵寿及び同遠部清美の主張中には、右両名についての各現在の賃貸借は、昭和三二年三月の賃貸借が同一性を保つている旨の主張を含むものと解されるが、前記争のない事実により前記仮処分執行当時には既にそれぞれ第七号室、第四号室を賃借占有していた事実が明かであるが、前記のごとく、賃貸借の目的物を各現在の占有部分に変更したことにより、その時点において更改により新たな賃貸借が成立した事実を肯定し得るのでこれにより更改前の賃貸借との同一性は失われていると解すべきであり、又占有についても勿論、目的物の変更により全然新たな占有といわねばならない。

六、債権者と訴外会社間の右仮処分の本案訴訟につき債権者勝訴の判決が確定している事実は当事者間に争がなく、前記甲第三号証同第四号証によれば、右本案訴訟につき、第一審たる福岡地方裁判所飯塚支部の言渡した判決は、訴外会社が債権者に対し本件家屋の収去並びに別紙目録記載第一号の土地の明渡すべきことを命じたものであり、これに対する控訴審たる福岡高等裁判所において昭和三七年三月八日控訴棄却の判決を言渡した事実が疏明され、弁論の全趣旨によれば、右本案判決は結局上告棄却によつて確定し、かつ右控訴審の口頭弁論終結の時期は同年二月下旬であつた事実が疏明される。

七、以上の事実を要約すると、処分並びに占有移転禁止、執行吏保管を命じた仮処分が執行されかつその執行が公示された後、その本案訴訟の事実審の口頭弁論終結前に、債務者等が、仮処分に違反して訴外会社より仮処分の目的物の一部を賃借してこれを占有使用していることゝなる。かゝる場合の法律関係について考えるに、仮処分の目的物につき、債務者等が仮処分に反して訴外会社より設定的乃至承継的に賃借権及び占有権を取得しても、債権者において進んでその賃借権及び占有権を承認すれば格別、そうでない限り仮処分執行の効果として、右賃借権及び占有権を以て債権者に対抗し得ない、この効果は賃借権の期間如何によつて結論を左右し得るものではないので、短期賃借権の対抗力に関する債務者の主張は理由がない。他方訴外会社は代理占有により仮処分の目的物に対する占有権を有するので結局、債務者等は債権者との関係では、訴外会社のため仮処分の目的物、延いては本案判決の目的物を所持する者となり、民事訴訟法第二〇一条第一項第四九七条の二により右本案判決の執行力を受ける適格を有するものと解するのを相当とする。果してそうであるならば、弁論の全趣旨によるも、債権者において、債務者等の賃借権及び占有権を承認しているものとは認められないので、債権者は債務者等に対し、訴外会社との間の前記本案の確定判決に基き、同会社のため目的物を所持する者として、執行文を得た上、前記各占有区分より退去の強制執行を即時になし得る地位にあるから、本件仮処分を求める利益も必要性もないものといわねばならない。

八、よつて、本件仮処分の申請は理由がないので、本件につき当裁判所が当庁昭和三八年(ヨ)第二三号事件として昭和三八年七月三日附を以てなした「被申請人(債務者)等は、それぞれ別紙目録記載の家屋から退去すること」を命じた仮処分命令を取消したうえ、右申請を却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 真庭春夫)

別紙 物件目録

飯塚市大字飯塚一一五九番地の三

第一、宅地 一六三坪二合七勺

同所

家屋番号 下本町第四二番の三

第二、木造瓦葺二階建事務所 一棟

建坪 一二坪七合五勺 外二階 六坪

附属建物第一号

一、木造瓦葺平家建倉庫 一棟

建坪 二五坪五合

同 第二号

一、木造瓦葺平家建倉庫 一棟

建坪 二〇坪二合五勺

同所

家屋番号 下本町第四二番の四

第三、木造瓦葺平家建倉庫 一棟

建坪 六七坪五合

第一面図<省略>

仮処分判決主文(福岡高等裁判所昭和三二年(ネ)第一六四号)

一、原判決を取消す。

二、当裁判所は控訴人(中尾松太郎)において金五万円の保証を立つることを条件として左の仮処分を命ずる。

(イ) 被控訴人(三興木材株式会社)の別紙目録記載の土地建物に対する占有を解きこれを控訴人の委任する執行吏にその保管を命ずる、執行吏は現状を変更しないことを条件として右土地及び建物を被控訴人に使用させねばならない。

(ロ) 被控訴人は右土地建物の占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。

(ハ) 被控訴人は、右土地につき賃借権の譲渡転貸をなし、又右地上に更に建物を建築することをしてはならない。

(ニ) 被控訴人は右建物につき、売買譲渡その他一切の処分をなし、又は増築、改築工事をしてはならない。

(ホ) 執行吏は第二項(イ)の命令の趣旨を適当の方法で公示しなければならない。

以上

第二面図<省略>

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